劇団でいご座:「新聞少年」

学生当時は沖縄の「自然」にばかり親しんでいて、沖縄の「文化・芸能」にはトンと縁がなかった私。そんなこともあり、引っ越してきてからはバランスよく嗜もうと思っています。そんな折、「仲田幸子の舞台を観に行かない?」というお誘いがあったので、台風20号の風雨の中、浦添市の「てだこホール」までクルマを走らせました。

さて、恐らく内地の人は「劇団でいご座」と言われてもピンとこないと思いますが、座長である仲田幸子の名は「喜劇の女王」として沖縄県民に広くその名が知られている存在。私が学生時代だった頃はローカルCMでやたらに見かけていたのですが、先月引っ越してきてから沖縄版のデジタルテレビ移行CM「地デジいちデージ」で久々にご対面。調べてみたら、76歳ですって。あら、まぁ。

今回は「犯罪被害者支援チャリティー公演」ということで、単独公演ではなく3つのグループのトリをつとめる舞台。はじめに座長である仲田さんの挨拶があったのですが、なにせうちなー言葉全開なので、7割方分からずじまい@@(昔はもう少し聞き取れてたんだけどな・・・)。周囲の大爆笑にあちこち取り残されて、ちょと悔しい気分。とはいえ細かい言葉は分からずとも、ニュアンスで十分笑えるからオッケー(でも勉強しておこう)。

舞台は「新聞少年」という演目。5人兄妹の末妹が病でふせっているなか、その息子が新聞配達をしながら家計を支えている。上3人の兄妹(仲田さんは長女役)は遊んでばかりいて、甥が困窮を訴えても自分達が得する事だけ考えていて損することには一切手をかけない。そこへハワイで事業を失敗したうえに大怪我した末弟が帰ってくる。上の3兄妹は冷たくあしらうが、困窮しているはずの新聞少年が手を差し伸べる。ところが、どうしたことでしょう・・・、という内容。長女・仲田幸子の吐く「毒」と、長男次男のどうしようもなく日和見なキャラクターに大いに笑いました(もちろん、セリフはうちなー口)。

先日、エイサー団体「美らさー」の舞台を眺めていたときにも感じたのですが、沖縄では舞台と客席の心理的な距離が「近い」ですね(少なくとも私が東京で眺めていた範囲との比較に於いては)。観客側も慣れているし、なにより積極的に一緒になって楽しもうという空気が濃いような印象を受けています。日常生活の中に「エイサー」や「サンシン」が入り込んでいるので、観客側も出演側と同じ文化的芸能的な下地を共有している、という面も強いのかもしれませんねー。もっとも、沖縄でも世代を追うごとにうちなー言葉が失われてきつつあるそうで(学生時代からは想像もつかないのだけれど、全国チェーン店の店員とかホテルのスタッフなんか、東京出身の私よりも正しい標準語を使ってたりする)、これがただの方言レベルまで落ち着いた頃には、沖縄文化の独自性も薄れているように思えて、それはそれで寂しい気もしますね。

ウェットスーツ:元ロングジョン(5mm)

琉球大学で私が在籍していたのは、ウェットスーツの購入が必須な学科でした。授業でも本島のあちこちの海に浸かりましたし、(最終的な)卒論テーマが川魚(ヨシノボリ)だったので、ヤンバルのかなりの数の川にも浸かってきました。当然、遊びでも潜ってましたし、卒業後も散発的にスキンダイブやらウィンドサーフィンやらをしていました。そこらへんの海遊びで常に使われていたのがこのウェットスーツ。よくもまぁ、今までもっているものです。

タイトルの通り、このウェット、もともとはロングジョン(エリなしソデなし長スソ)だったのですが、ウィンドをやっているうちにヒザがすり切れ、しまいには破れてきてしまったので、潔くハサミで切断してショートジョン(膝上丈)にしてしまいました。それでもさすがに寄せる年波には勝てず?パイピンがはがれてくるわ、着色部の表皮がめくれてタツノオトシゴのヒレのようにワサワサするわ、最近では着るたびに糸が解れてゆくわで、まぁ、いい加減、買い替えるかと。

そんなわけで、近くにあるというだけで、縁もゆかりもないダイビングショップ(→オードリーダイビングサービス)に電話で尋ねてウェットスーツをオーダーメイドしてくれる店を紹介していただいて、台風20号の余波で風雨強まる58号を北に向かいました。

訪れたのは砂辺にある「砂辺マリン(→スナベマリン)」というウェットスーツ専門店。恐らくオーダーメイド専門。この店の名前、なーんか学生時代に聞いた記憶にあるんですよね。店員さんに聞いたら、5〜6年前くらい前に今の場所に移ったそうな。今持っているウェットは浦添にあった店(もはや記憶にない)で作ったので、こことは関係ないと思うんですが、いったい何の記憶だろ。

快適性を優先するなら、季節(水温)に応じて厚みと形状の異なるウェットスーツを複数持っておくべき(服だってそうだもんね)。ただ、私のように1セットで色んな用途に使い回したい貧乏性の人は(少なくとも沖縄の海では)、5mm厚のロングジョン+ジャケット、かつ前面ジッパーの組合わせが温度調整が利くので適当だと思います(だから学校でも勧められたんだろうけれど)。もし、水温の高い夏場にしか使わないならば、3mm厚のシーガル(エリ付きソデつきワンピース)で十分じゃないかなー(5mm厚で素潜りするとロングジョンでも茹で上がる)。なお、観光とかで年に1回くらいしか使わないならともかく、私的には自分の身体に合わせられない既製品は論外です。

さて。ウェットスーツを新調するに当たり、最初は今のデザインをそのまんま受け継いだ「Mk-II」的なものにしようと企んでいたのですが、この店ではオペロン(光沢生地)を扱っておらず、また今更ウェットに色気を求めるような積極的な欲求があったわけでもなく、デザイン費として追加される4000円の方が気になり、結果、ケチることにしました。ということで、素材は両面ジャージの黒(渋っ)。ただパイピンだけオレンジ色にしてもらってアクセントづけ。あとは膝パッドをつけ、足首にチャックを追加し、SUPボードに寝そべったときに傷をつけないよう前チャックの固定位置にマジックテープで金具カバーをつけてもらい、締めて金2万円也。納期は約3週間後

さてさて。何が出来上がってくるかは分かりすぎるくらい分かってはいますが、それでもやっぱり、今から試着が楽しみ♪

DAIHATSU NAKED:カーステレオの交換

初期型ネイキッドについてきたカーステは、カロッツェリアのカセットレシーバー「KEH-P3786」でした。デザイン的には好きな部類だし、今どき珍しいMade in Japanだし、といったプラス要素があるにせよ、今更カセットテープなんて使いませんがな。

ちなみに私が日常的にクルマを運転していたのはカーナビが当たり前になる以前の時代だったので、私自身はカーステが当たり前の人間のまま現在に至ります。確かにレンタカーで見知らぬ土地を走り回ったときにカーナビは重宝したものの、沖縄本島に乗り場所が限定されるなら、古式ゆかしい紙のロードマップで私ゃ十分。それよりも、ちゃんといい音を聴きながらドライブしたい。そのほとんどの音源はMP3であり、ファイルをMacのiTunesで管理している私が選んだのは、カロッツェリアのCDレシーバー「DEH-P640」。思い立ったが吉日の私は、沖縄に引っ越す前に買っていました。

ネイキッドのカーステ交換は極めて簡単。必要な工具はプラスドライバー1本。まず、センターコンソールの上から3つ目までの左右のネジ(写真の黄色の円)を外し、4つ目のネジ(同じく橙色の円)を緩めてやるとコンソール上部の枠がシガーライター部ごと外れます。以降の手順は現物を目にした通り。カーステ部のステー固定ネジをドライバーで外したらステーごとゴソッと抜き出し、各ケーブルを抜き、カーステとステーを固定しているネジを外す。あとはカーステ本体を交換するだけ。

と、思いきや。何気にコノ「KEH-P3786」は、カロッツェリア・ブランドだけどダイハツ純正仕様だったことが判明。従って、同じブランドだけどサードメーカー品である「DEH-P640」には、ダイハツ車用の変換ケーブルが必要になるのでした。

仕方がないので、近くのオートバックスまでクルマで出かけ、最後の1本となっていたトヨタ・ダイハツ車用の変換ケーブルを購入。すぐ近くの公営駐車場まで移動してそのまま作業を続けました。たまたま、この駐車場、妙に人通りが多い。クルマに閉じこもってゴソゴソしている姿は、通行人にはただのカーステ泥棒にしか見えないようで、アカラサマに不審気な視線が痛い・・・。ちがうんだ、それは誤解なんだ!と心の内で必要のない弁解をしながらその手を速め、変換ケーブルを足した分カサが増えたケーブルの束を奥の方に詰め込み、カーステを再固定。センターコンソールの枠を嵌め直して、作業完了。

と、まぁ、こんな流れでした。交換中の写真がなくて申し訳ないですが、全てネジ止めでありツメによる嵌合部がないため、「見たままにネジを外し」て「元の状態に戻す」だけの、写真で補足するまでもない作業です。カーステ本体をステーに固定する際にネジをシートの下に落として取り出すのに苦労しましたが、必要となるのはそういった作業上当たり前の注意だけ、でしょう。

「DEH-P640」については、後日レポートします。

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